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東京地方裁判所 平成4年(ワ)8275号 判決

甲事件原告

丸福商事株式会社

右代表者代表取締役

樋口信成

右訴訟代理人弁護士

明石一秀

相原佳子

安藤建治

甲事件被告・乙事件原告

大森洋三

右訴訟代理人弁護士

深澤武久

野村吉太郎

甲事件補助参加人・乙事件被告

松井建設株式会社

右代表者代表取締役

松井角平

甲事件補助参加人・乙事件被告

株式会社二天門建築設計事務所

右代表者代表取締役

滝田孝司

右二名訴訟代理人弁護士

溝口喜文

主文

一  甲事件被告は、同事件原告に対し、金三億五一六一万六一五二円及び

(一)内金二九一五万六四四〇円に対する平成二年三月二日から、

(二)内金二億四二七五万五五六〇円に対する平成三年一月一四日から、

(三)内金一八三六万二一三三円に対する同年四月二四日から、

(四)内金五八〇五万四八二六円に対する平成四年三月一七日から、

各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告松井建設株式会社及び同事件被告株式会社二天門建築設計事務所は、乙事件原告(甲事件被告)に対し、連帯して金一億二七三九万六八四五円及びこれに対する平成三年一月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  甲事件原告及び乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、甲乙事件を通じて、甲事件原告に生じた費用の九分の六、甲事件被告(乙事件原告)に生じた費用の九分の五を甲事件被告(乙事件原告)の負担とし、甲事件原告に生じた費用の九分の二、乙事件原告に生じた費用の九分の四及び乙事件被告松井建設株式会社(補助参加人)及び乙事件被告株式会社二天門建築設計事務所(補助参加人)に生じた費用並びに補助参加人に生じた費用は乙事件被告(補助参加人)らの負担とし、その余は甲事件原告の負担とする。

五  この判決の一項及び二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  甲事件

(一) 甲事件被告は、同事件原告に対し、金二億九〇二七万四一三三円及び内金二九一五万六四四〇円に対する平成二年三月二日から、内金二億四二七五万五五六〇円に対する平成三年一月一四日から、内金一八三六万二一三三円に対する同年四月二四日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 甲事件被告は、同事件原告に対し、金八九二三万二二五四円及びこれに対する平成四年三月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 甲事件被告は、同事件原告に対し、金四九〇万六七九六円を支払え。

(四) 訴訟費用は、甲事件被告の負担とする。

(五) 仮執行宣言

2  乙事件

(一) 乙事件被告松井建設株式会社及び同株式会社二天門建築設計事務所は、同事件原告に対し、連帯して金三億二五二七万五〇五〇円及び内金三億二〇三六万八二五四円に対する平成三年一月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、乙事件被告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  甲事件

(一) 甲事件原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、甲事件原告の負担とする。

(三) 仮執行免脱宣言

2  乙事件

(一) 乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、乙事件原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  甲事件請求原因

1  甲事件原告は、不動産の売買等を目的とする株式会社である。

2  甲事件原告は、大森フミ(以下「フミ」という。)から、平成二年三月二日、別紙物件目録(一)ないし(六)記載の敷地権付区分建物(以下総称して「本件区分建物」といい、各区分建物についていうときには、「(一)の区分建物」などという。)を、代金を四億三七三四万六六〇〇円(ただし、その後の引渡し遅延のため、同三年一月二五日、四億三五四一万一二〇〇円に減額された。)とする他、左記の約定で買い受けた(以下「本件契約」という。)。なお、甲事件原告は、本件区分建物の転売を目的として、本件契約を締結したものである。

(一) 引渡日 平成二年一一月一日

(二) 違約金 本件契約が債務不履行により解除されたときは、不履行当事者は、相手方に対し違約金として売買代金総額の二〇パーセント相当額を支払う。

(三) 検査済証の交付 売主は買主に対し、建物を引き渡し、かつ、建築基準法七条三項により交付を受けた検査済証の写しを交付する。

3  フミは、平成二年一〇月一日死亡し、甲事件被告が、相続により本件売買契約の売主の地位を承継した。

4  甲事件原告はフミ及び甲事件被告に対し、以下のとおり三回にわたり、減額後の本件売買代金合計四億三五四一万一二〇〇円を支払った。

(一) 平成二年三月二日

四三七三万四六六〇円(手付金)

(二) 同三年一月一四日

三億六四一三万三三四〇円

(三) 同年四月二四日

二七五四万三二〇〇円

5  甲事件被告は、甲事件原告に対し、平成三年一月一四日、本件区分建物を引き渡し、同年二月二五日までに、甲事件原告またはその指定する者へ移転登記手続を完了した。

6(一)(検査済証の不交付)

本件区分建物は、平成二年一一月二九日に完工検査を受けたが、九階部分の庇が、道路斜線制限(建築基準法五六条に定められた建物の高さ制限の一つで、前面道路の反対側の境界線までの水平距離により、建物の高さを制限するもの)に違反していたため、検査済証が交付されなかった。

因みに、新築建物についての検査済証は、買主が公庫融資を受けるための必要書類とされ、かつ宅地建物取引業法上、宅建業者は取引当事者に対し、重要事項説明書に違法部分の存在を明記しなければならないとされているところから、本件契約のように、転売を目的とする契約では、検査済証の取得はその重要な要素である。

(二)(検査済証の交付不能)

本件区分建物についての検査済証は、平成二年一一月二九日の完工検査から一年四か月経過した時点でも右違反部分の是正工事がされず、かつ右の間、建築基準法八条に違反して建物を使用していたため、その交付を受けることは不能となった。

(三)(違法物件の引渡し)

(1) 甲事件被告は、甲事件原告に対し、平成三年一月一四日、本件区分建物を引き渡したが、その九階(九〇一号室)の庇部分は、道路斜線制限に約1.5メートル違反していた。

(2) 右違法部分の是正のためには、①本件区分建物の九階(九〇一号室)南側の柱二本を合計約五メートルと梁三本を合計約八メートル切断しなければならず、工事に約三か月、構造計算等を併せると約六か月を要する上、②躯体の構造に影響が出ることからいわゆる傷ものとなり、③しかも、竣工後一年半も売却が遅れることから、通常の価格で販売することは不可能であって、契約の目的を達することができない。

7(一)  甲事件原告は、甲事件被告に対し、平成三年一二月一一日、検査済証の交付及び仮に検査済証の出ない違法建築物である場合の今後の対応について回答を求めて催告した。

(二)  甲事件原告は、甲事件被告に対し、前項の事由により、同四年三月一六日到達の書面により、本件契約のうち、(一)ないし(四)の区分建物について、解除する旨の意思表示をした。解除されたのは、本件契約のうちの三分の二に相当する。

8  損害

甲事件原告は、甲事件被告の債務不履行等により、以下の損害を被った。ただし、(一)(二)(五)については、現実の支払金額に、契約解除分に相当する三分の二を乗じた額であり、その余については、契約解除した(一)ないし(四)の区分建物に関して生じた損害である。

(一) 追加設計料 一〇〇万円

(二) 仲介手数料

一七四九万三三三三円

(三) 登録免許税等

三〇〇万二四〇〇円

(四) 測量費用

二四万七八四〇円

(五) 売買契約書印紙代

六万六六六六円

(六) 管理費(平成三年一月から同五年八月まで)

五七八万二〇八五円

(七) 人件費 六六〇万円

(八) 不動産取得税

一一七万七二〇〇円

(九) 固定資産税等(平成四年四月以降納期限到来分)

四八万四七〇〇円

9  よって、甲事件原告は甲事件被告に対し、

(一) 契約解除による原状回復請求権に基づいて、支払済の売買代金のうち本件(一)ないし(四)の区分建物に相当する金二億九〇二七万四一三三円及び、

(1) 内二九一五万六四四〇円(平成二年三月二日支払の四三七三万四六六〇円の内解除分相当額)に対する平成二年三月二日から

(2) 内二億四二七五万五五六〇円(平成三年一月一四日支払の三億六四一三万三三四〇円の内解除分相当額)に対する平成三年一月一四日から

(3) 内一八三六万二一三三円(平成三年四月二四日支払の二七五四万三二〇〇円の内解除分相当額)に対する平成三年四月二四日から

支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、

(二) 債務不履行に基づく損害賠償請求権等に基づき金三五八八万四二二四円及び内本件契約解除前の損害である三〇九七万七四二八円に対する契約解除の翌日である平成四年三月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、

(三) 約定に基づく違約金として、売買代金の二〇パーセント相当額である金五八二五万四八二六円及びこれに対する契約解除の翌日である平成四年三月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、

各支払を求める。

二  乙事件請求原因

1  フミは、乙事件被告松井建設株式会社(以下「乙事件被告松井建設」という。)との間において、昭和六三年一二月二七日、本件建物(本件区分建物を含む一棟の建物をいう。以下同じ。)について、建築請負契約を代金四億五〇〇万円で、また同日、右建物について、乙事件被告株式会社二天門建築設計事務所(以下「乙事件被告二天門」という。)との間において、設計監理契約を代金二〇二五万円で、それぞれ締結した。

2  フミは、平成二年一〇月一日死亡したため、乙事件原告(甲事件被告)は右注文主及び委任者の地位を承継した。

3  本件建物は、前記請負契約の約定完成期限(平成二年一月一五日ころ)より遅れ、乙事件原告は、同二年一二月末ころ、一部未完成のまま引渡しを受けた後、同三年一月一四日に完成・引渡しを受けたが、本件建物については、九階の庇部分に建築基準法五六条に定められた道路斜線制限に違反した箇所があり、このために乙事件原告は、検査済証の交付を受けられなかった。

4  乙事件被告松井建設及び二天門は、平成二年一一月二九日の完工検査の際、右検査に赴いた台東区役所の職員から、本件建物の道路斜線制限違反を指摘され、これにより検査済証が取得できないことを知った乙事件原告に対し、右事実を隠し、何の問題もなく右検査を通過したかのように申し欺いて、その旨誤信させた上、平成三年一月一四日、本件建物を引き渡した。

また、仮にそうでないとしても、乙事件被告松井建設は、前記請負契約に基づき、建築基準法に適合した建物を建築し、検査済証を取得した上、これを乙事件原告に交付する義務があったにもかかわらず、これを怠ったものであり、また乙事件被告二天門は、前記監理契約に基づき、乙事件被告松井建設の工事の内容が設計図等の図面に合致しているか確認する義務があったにもかかわらずこれを怠り、斜線制限違反を看過したものである。

5(損害填補の合意、予備的請求原因)

乙事件被告松井建設は乙事件原告に対し、甲事件によって、乙事件原告が負担することになるすべての支出について、同被告が負担し、乙事件原告には一切迷惑をかけないこと、検査済証の不交付等が原因で同原告に負担が生じたときには同被告において直ちに補填することを約した。

6  乙事件原告は、本件建物のうち、(一)ないし(四)の区分建物の買主である甲事件原告から、検査済証の不交付等を理由として、平成四年三月一六日、売買契約の一部を解除され、売買代金の返還を求められている他、債務不履行に基づく損害賠償等として、合計九四一三万九〇五〇円を請求されている(甲事件)。

7  損害

(一) 右損害賠償請求訴訟にかかる甲事件原告の請求金額のうち、九四一三万九〇五〇円

(二) 本件建物について、その引渡時(平成三年一月一四日)の時価と、現在の時価との差額(下落分)である一億三五九五万六〇〇〇円

(三) 本件建物について、検査済証を取得できないことによる損害として、請負金額の一割八分である七八四六万二〇〇〇円

(四) 詐欺による不法行為に基づく慰謝料として、請負金額の二分である八七一万八〇〇〇円

(五) 甲事件に応訴するについての弁護士費用である八〇〇万円

8  よって、乙事件原告は、乙事件被告松井建設及び二天門に対し、主位的には、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づいて、予備的には乙事件被告松井建設に対し、損害填補の合意に基づいて、連帯して三億二五二七万五〇五〇円及び内三億二〇三六万八二五四円に対する平成三年一月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める。

三  甲事件請求原因に対する認否

1  右事件請求原因1ないし5の事実は、いずれも認める。(ただし、売買代金額は争う。なお、甲事件被告は第一三回口頭弁論期日において、甲事件原告が本来売買代金に含まれない内装工事代金を含めていたとして、売買代金についての自白を撤回している。)

2(一)  同6の(一)の事実のうち、第一文は認める。第二文のうち、公庫融資についての規制及び宅地建物取引業法上の規制のあることは認めるが、検査済証の交付が契約の重要な要素であるとの点は否認する。

(二)  同6の(二)の事実のうち、検査済証が交付されていないことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同6の(三)の事実のうち、(1)は認める。(2)のうち、梁、柱の切断及び構造の変更と、違法部分の是正工事の期間が約三か月である点については知らない。また、転売が不可能であるとの点は否認する。本件建物の瑕疵は、一〇階建ての建物の九階部分の屋根の一部の斜線制限違反というのみであって、右瑕疵は軽微であるから解除事由となりえない。

3  7の(一)、(二)の各事実は、認める。ただし、検査済証の交付は、転売について、必ず必要となるものではなく、これを交付しなかったとしても、本件契約の目的の達成を不可能にするものではない。甲事件原告が、本件(一)ないし(四)の区分建物を売却できなかったのは、経済情勢の変動によるものであり、検査済証の不交付とは関係がない。

4  8の事実は、不知。ただし、本件契約には違約金の定めがあるのであるから、甲事件原告が求めうる賠償額は、売買代金総額の二〇パーセントに限られる。

四  乙事件請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は、いずれも認める。

2  同4の事実は、否認する。ただし、検査済証が交付できなかったことは認める。

3  同5の事実は認める(ただし、乙事件被告松井建設の関係で。)。

4  同6の事実は認める。

5  同7の事実は否認する。ただし、乙事件原告に対し、前記是正工事の迷惑料として四〇〇万円を支払済みである。

五  甲事件抗弁

1  乙事件被告らは、平成四年六月二四日ころから同年八月末ころまでの間に、道路斜線制限違反を解消するため、是正工事をし、これを完成したので、本件区分建物の道路斜線制限違反は解消された。

2  フミは、昭和六三年一二月二七日、乙事件被告松井建設との間で本件建物についての請負契約を、乙事件被告二天門との間で設計監理契約を締結し、甲事件被告は、約定の完成期日である平成二年一月一五日より遅れて平成三年一月一四日に引渡しを受けたものであるところ、甲事件被告は、平成三年一月一四日の引渡し時においては、本件区分建物が道路斜線制限に違反し、それにより検査済証が取得できないことを知り得なかった。

3(損益相殺)

(一) 甲事件原告は、平成三年ころ、(五)及び(六)の区分建物を株式会社ビュー設計を介して、吉田ヒサに代金二億〇八〇〇万円で売却した。

(二) したがって、甲事件原告が返還を求め得る売買代金の額は、同原告が甲事件被告に支払った本件売買代金から、右売却代金を控除した額に限定されるべきである。

4(過失相殺)

本件是正工事後、甲事件被告が台東区役所に対して検査の申請をしたところ、甲事件原告がこれに対して右区役所に異議を申し出て、検査済証の交付を妨害したため、右区役所は検査を中止し、これにより甲事件被告は検査済証の取得ができなかった。

したがって、甲事件原告の本件請求については、右不法行為に基づき、その五割の金額について、過失相殺されるべきである。

5(相殺)

(一) 甲事件原告は、乙事件被告松井建設に対し、本件区分建物について、キッチン部分のグレードアップ工事を代金五七万〇六二〇円として発注した。

(二) 甲事件被告は、右代金を乙事件被告松井建設に対して支払った。

(三) 甲事件被告は、平成五年九月一三日、本件口頭弁論期日において、右支払による求償金請求権をもって甲事件原告の本件請求と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

六  乙事件抗弁

乙事件被告らは、平成四年六月二四日ころから同年八月末までの間、本件区分建物についての道路斜線制限違反を解消するため、是正工事をし、これを完成したので、本件区分建物の道路斜線制限違反は解消された。

七  甲事件抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。ただし、完工検査から一年九か月も経ての是正工事であるため、検査済証の取得は不可能である。

2  同2の事実のうち、フミが、乙事件被告松井建設及び二天門と契約を締結したこと、甲事件被告が平成三年一月一四日に引渡しを受けたことは認めるが、その余の点は否認する。

仮に甲事件被告が、右引渡し時点で、本件建物の道路斜線制限違反を知り得なかったとしても、乙事件被告松井建設及び二天門は、甲事件原告に対する関係では、甲事件被告の検査済証交付義務ないし適法物件の引渡義務の履行補助者であると考えられるから、乙事件被告松井建設及び二天門が知り得れば、債務不履行に関する甲事件被告の帰責事由としては足りるというべきである。

3  同3の(一)の事実は認める。同3の(二)は争う。

4  同4の(一)のうち、甲事件原告が是正工事後の台東区役所の検査に対して、慎重な対応を求めたこと、台東区役所が、平成四年八月二一日に予定されていた検査を実施しなかったことは認めるが、甲事件原告において、検査済証の取得を妨害する意図があったとの点は否認する。

甲事件原告は、本件区分建物についての違法部分の是正工事竣工後、平成四年八月二一日に、台東区役所が、検査に赴く予定である旨を乙事件被告松井建設から知らされたため、平成四年八月五日ころ、台東区役所に対し、右検査の法的根拠を問い合わせ、併せて検査の際には徹底的に行ってほしい旨を申し入れたに過ぎない。同4の(二)は争う。

5  甲事件被告の主張は、その主張自体失当である。すなわち、仮に甲事件原告が乙事件被告松井建設に対して、キッチンのグレードアップ工事を発注し、その請負代金債務を負っているとしても、右債務は、本件契約を締結したことにより負ったものであるから、甲事件被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権に包含されるべき性質のものである。

八  乙事件抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

理由

第一甲事件について

一請求原因(検査済証の不交付等)について

1  請求原因1(甲事件原告が不動産の売買等を目的とする会社であること)、同2(本件契約が締結されたこと)、同3(甲事件原告が本件契約上の地位を相続したこと)、同4(売買代金が支払われたこと)、同5(本件区分建物の引渡しと所有権移転登記手続がされたこと)、同6の(一)(本件区分建物には道路斜線制限違反があり、検査済証が交付されていないこと)、同7の(一)(催告等がされたこと)、同7の(二)(解除の意思表示がされたこと)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

なお、甲事件被告は、売買代金の自白を撤回したが、〈書証番号略〉により甲事件被告が乙事件被告松井建設に支払った金額には前記内装工事代金が含まれていることは甲事件被告自身認めるところであり、結局自白した事実が真実に反することの証明がないから、右自白の撤回は認められない。

2 そこで、まず、道路斜線制限違反と検査済証交付の遅滞により契約解除が認められるか否かを検討する。

甲事件原告は、本件区分建物を、第三者に対して転売する目的で本件契約を締結したものであるところ(当事者間に争いがない)、証拠によれば、(一)買主が住宅金融公庫の融資あるいは年金住宅資金融資等を受けるためには、検査済証の写しが必要書類とされていること(〈書証番号略〉)、(二)検査済証は、建築基準法上、完工検査の結果、いわゆる建築確認対象法令に適合していると認められた場合に交付されるものである(同法七条)ところ、検査済証を取得して、本件区分建物の適法性を確保しておかないと、依頼した仲介業者が、購入希望者に提示する重要事項説明書に違反部分について記載しなければならなくなる場合があること(〈書証番号略〉)、(三)そこで、甲事件原告は、検査済証の取得が転売を実施するにあたり必要であると考え、弁護士のアドバイスも受けて、特に本件契約について検査済証の交付条項を設けたこと(甲事件原告代表者本人)、(四)甲事件原告は、平成二年七月ころに本件区分建物についての販売用パンフレットを作成した上、同三年七月ころに泉友不動産株式会社ら数社の仲介業者に対し、本件区分建物販売の仲介を依頼したが、本件区分建物の道路斜線制限違反が分かると、同社らは、違法物件では後々問題になるので扱えないとして、本件区分建物販売の仲介を断られたこと(〈書証番号略〉・甲事件原告代表者本人)、がそれぞれ認められる。

以上の事実からすれば、本件契約における検査済証の交付は、甲事件原告の転売計画遂行上、重要な意味を持つものである上、道路斜線制限違反の存在も転売を困難にするものであって、これもまた契約目的の達成について重大な影響を与えるものと認められるから、検査済証の交付を催告した上でなした本件解除は有効というべきである。

なお、本件契約は、代金について一括して定めてはいるものの、別紙物件目録(一)ないし(六)の区分建物の売買であり、可分のものとして処理しても特に不都合な事情は窺われないから、一部解除は有効と解すべきである。

二抗弁について

1  抗弁1(是正工事による瑕疵の治癒)について判断するに、甲事件被告の主張する本件区分建物の道路斜線制限違反部分の是正工事は、その施工はもちろん届出も本件契約の解除後であるから、本件契約解除の効力には影響を与えないものというべきであり、本抗弁は理由がない。

2  抗弁2(帰責事由の不存在)について判断するに、甲事件原告に対する関係においては、乙事件被告らは、甲事件被告の検査済証交付義務ないし検査済証の得られる適法な物件を引き渡す義務についての履行補助者であると考えるべきところ、同被告らに過失がなかったといえないことは明らかであるから、本抗弁も理由がない。

3  抗弁3(損益相殺)について判断するに、損益相殺は、債務不履行に起因して債権者が何らかの利得を得た場合に、公平の観点からその利得分について、損害賠償額から控除することを認める制度であるところ、本件において甲事件被告の主張する甲事件原告の利得は、解除されなかった(五)及び(六)の区分建物の転売利益であって、本件債務不履行と関係のないことは明らかであるから、本抗弁も理由がない。

4  抗弁4(過失相殺)について判断するに、平成四年八月二一日の検査について、仮に甲事件原告の申入れにより台東区役所が右検査を中止したために、右時点において検査済証が得られなかったとしても、右検査の実施は既に解除後であることは明らかであって、甲事件被告の債務不履行責任に何らの影響を及ぼすものではないから、本抗弁は理由がない。

5  抗弁5(相殺)について判断するに、〈書証番号略〉によれば、平成三年三月二九日付で乙事件被告松井建設から甲事件被告に対し、(一)ないし(六)の区分建物について、追加工事の見積額として、五七万〇六二〇円が提示されていることが認められるが、その工事内容は明らかでなく、更に同被告が右金額を乙事件被告松井建設に対し支払ったと認めるに足りる証拠もないから、本抗弁も理由がない。

三損害について

1  債務不履行に基づく損害賠償請求について

民法四二〇条三項によれば、違約金の約定は損害賠償額の予定と推定されるところ、本件契約には、請求原因2(二)記載のとおり、解除された場合の違約金の約定があり、右違約金約定は本件解除の場合も適用されるものと解されるから、右違約金の他に損害賠償を求めるについては、右推定を覆すに足る反証が必要である。しかしながら、本件においては右推定を覆すに足る証拠はないから、甲事件原告は、右違約金以外の損害賠償を請求することはできない。

2  違約金請求等について

(一) 本件における違約金の額について判断するに、売買代金総額が、四億三五四一万一二〇〇円であることは、当事者間に争いがないので(甲事件被告の自白の撤回が許されないことについては、前述のとおりである。)、本件解除にかかる違約金については、右代金額(一)ないし(六)の本件区分建物の六室のうち、解除された四室分の相当割合である三分の二を乗じ、約定に従ってその二〇パーセントとするのが相当であるところ、右により算出した額は、五八〇五万四八二六円である(ただし、一円未満切り捨て)から、甲事件原告の違約金請求は右の限度で理由がある。なお、甲事件原告は、右争いのない売買代金四億三五四一万一二〇〇円に追加設計料の一五〇万円を加えた上、違約金を算定・請求しているが、約定により違約金算定の基礎になるのは、売買代金であると考えるのが相当である。

(二) 甲事件原告は、(一)ないし(四)の区分建物に関し、固定資産税を支払っている(〈書証番号略〉)が、右支払のうち、解除の翌日である平成四年三月一七日から同五年三月一日納期限までの支払分は、甲事件被告において負担すべきものであるから、甲事件原告は甲事件被告に対し四〇万二八四一円(平成四年四月三〇日納期限分については日割計算)の不当利得返還請求権を有している。

(三) また、甲事件原告は、(一)ないし(四)の区分建物の管理費を支払っている(〈書証番号略〉)が、右支払のうち、解除の翌月である平成四年四月から同五年七月までの支払分は、甲事件被告において負担すべきものであるから、甲事件原告は甲事件被告に対し少なくとも二八八万四三五二円の事務管理に基づく費用償還請求権を有している(平成五年八月分についてはこれを認めるに足る証拠がない。)。

3 以上により、甲事件原告が甲事件被告に対して請求しうる金額は、前記一により認められる本件契約の解除に基づき、支払済みの売買代金二億九〇二七万四一三三円の返還請求と、約定に基づく違約金である五八〇五万四八二六円、不当利得金四〇万二八四一円及び事務管理費用二八八万四三五二円の合計金額である三億五一六一万六一五二円である。

第二乙事件について

一請求原因(債務不履行ないし不法行為)について

1  請求原因1(本件契約並びに請負契約及び設計管理契約が締結されたこと)、同2(乙事件原告らが各契約上の地位を相続したこと)、同3(本件区分建物の引渡しはされたが、道路斜線制限違反があり、検査済証の交付が得られなかったこと)、同5(損害填補の合意がされたこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

設計管理契約及び建築請負契約においては、受任者及び請負人は、特段の事情のないかぎり、建築主に対して、建築基準法等の関係法令に適合した設計、工事をすべき債務を負うものと考えるべきところ、本件建物については前記のとおり建築基準法違反があり、かつその原因についても、証人関根及び野澤の証言によれば、設計段階において、九階部分について誤って道路斜線を考慮しないで軸組図(〈書証番号略〉)が作成され、施工段階でも右誤りを看過したことにあると認められるのであるから、乙事件被告らに前記債務の不履行があったことは明らかである。

この点、乙事件被告らは、本件建物の右瑕疵は軽微であったと主張するが、後述のように、右瑕疵に起因して乙事件原告に現実の損害が生じている以上、右瑕疵が軽微であることをもって、債務不履行責任を免れると解すべきではない。

2  更に、乙事件被告らの乙事件原告に対する詐欺による不法行為が認められるかについて検討する。

証人関根及び野澤の証言によれば、乙事件被告らは、平成二年一一月二九日の完工検査の際、台東区役所の職員から、本件建物の道路斜線制限違反を指摘され、その事実を知ったこと、しかしながら同三年一月一四日の乙事件原告に対する引渡しの際には、同原告に対して右違反の事実を伝えなかったこと、はそれぞれ認められるが、他方、乙事件被告らは、引渡し当時本件建物の右瑕疵を軽微なものと考え、私道を廃止するなどの措置で問題を解決できるものと考えていたものであり、それが原因で本件契約が解除され、甲事件原告に損害を与えることになることを認識していたとまでは認め難いから、詐欺による不法行為責任はない。

二抗弁(是正工事による瑕疵の治癒)について

乙事件被告らが、本件建物の違反部分について是正工事をしたことは当事者間に争いがなく、確かに、〈書証番号略〉によれば、右是正工事の結果、平成四年一〇月一四日ころまでには、本件区分建物の道路斜線制限違反部分が是正されたことが認められるが、右是正工事は、その施工はもちろん届出も本件契約の解除後、すなわち乙事件原告の損害発生以後のものであることは明らかであって、乙事件被告らの債務不履行責任発生後の工事といわざるを得ないから、本抗弁は理由がない。

三損害について

1  請求原因7の(一)(甲事件原告からの請求金額)について

前記第二の一の1の争いのない事実によれば、乙事件原告が甲事件原告との本件契約を解除されるに至ったのは、本件区分建物について、道路斜線制限違反があり、検査済証が取得できなかったことに起因するのであるから、乙事件原告に生じた右損害は、乙事件被告らの前記債務不履行と相当因果関係にあるものと認めるのが相当である。よって、甲事件における甲事件原告の請求額の債務不履行に基づく損害賠償請求額、不当利得に基づく返還請求額及び事務管理に基づく費用償還請求額のうち、当裁判所の認定にかかる合計六一三四万二〇一九円については、乙事件被告らにおいて賠償すべきである。

2  同7の(二)及び(三)(時の経過ないし検査済証の取得不能による本件建物の時価の下落)について

乙事件原告は、乙事件被告らの債務不履行が原因で、本件契約を解除されたため、甲事件原告から本件区分建物の返還を受ける一方、同原告に対し売買代金を返還せざるを得ないから、乙事件被告らは、乙事件原告に対し、返還すべき売買代金と返還される建物の価値の差額を損害として賠償する義務がある。すなわち、乙事件被告らの債務不履行と本件契約の解除との間に相当因果関係があることは疑いがなく、その場合、乙事件原告は、甲事件原告の責に帰すべき事由により建物の価値が低下したのでなければ、建物の返還を受け得るのみであることは明らかであるところ、かかる理は、乙事件被告らにおいても当然予測し得たところであるから、乙事件被告らは、解除がなかったならば生じなかった損害として売買代金と建物の価値の差額を賠償する義務がある。なお、乙事件原告は、口頭弁論終結時との差額が損害である旨主張するが、解除後は、乙事件原告において、本件区分建物を転売することが可能であったから、返還される建物の価値は、解除時を基準にするのが相当である。

そうすると、本件契約が解除された時点における本件区分建物の価格が問題になるが、当裁判所に顕著な事実である本件区分建物付近の土地の公示価格ないし基準地価と証拠(〈書証番号略〉、証人小林)を併せ考えると、(一)本件契約当時、本件区分建物は、本件契約代金相当額の価値を有していたこと、(二)本件契約当時に比較すると、本件契約の解除時点では、経年による価値の低下に加え、いわゆるバブルの崩壊により、約一割ないし二割の不動産価格の下落がみられること、(三)また、前記のとおり、本件区分建物には、検査済証が交付されておらず、公的融資が得られないおそれがあること(不動産をローンで購入する場合、金利の高低は極めて重要な要素であるから、低金利の融資を受けられないことは、売買価格に反映しよう。)が認められるから、これらの事実によると、本件区分建物の解除の時点における価格は、本件契約時の価格よりも少なくとも二割程度は低下しているものと認めるのが相当である。

したがって、乙事件原告は、五八〇五万四八二六円の損害を被ったことになる(2億9027万4133円×0.2=5805万4826円)。

3  同7の(四)(慰謝料)について。

乙事件原告は、乙事件被告らが、詐欺による不法行為をしたことを前提に慰謝料を請求するが、右不法行為が認められないことは前述のとおりであるから、本件慰謝料請求は認められない。

4  同7の(五)(弁護士費用)について。

乙事件原告が甲事件原告からの訴訟(甲事件)について、応訴を余儀なくされたのは、乙事件被告らの本件債務不履行に起因するものであることは明らかであり、弁論の全趣旨によると、右事件の弁護士費用として八〇〇万円を支払う旨合意していることが認められ、右の額は相当因果関係のある損害として、同被告らにおいて賠償すべきである。

5  以上により、乙事件被告らが、乙事件原告に対し賠償すべき損害は、右1、2及び4の合計金額である一億二七三九万六八四五円である。

第三まとめ

一甲事件については、その余の点について判断するまでもなく、甲事件被告に対し、(一)ないし(四)の区分建物の契約解除による原状回復請求権の行使として、支払済みの本件契約にかかる売買代金のうち右解除分相当額二億九〇二七万四一三三円を求める請求と、約定による違約金請求として、右売買代金の二〇パーセントである五八〇五万四八二六円の支払を求める限度で(ただし、いずれも遅延損害金の請求を含む)、並びに不当利得に基づく返還請求として、四〇万二八四一円の支払を求める限度で、及び事務管理に基づく費用償還請求として、二八八万四三五二円の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから、これらの合計金額である三億五一六一万六一五二円について請求を認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

二乙事件については、その余の点について判断するまでもなく、乙事件被告らに対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して一億二七三九万六八四五円の支払を求める限度(ただし、遅延損害金の請求を含む)で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

三訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九二条、九三条及び九四条後段を、認容部分の仮執行宣言につきいずれも同法一九六条一項をそれぞれ適用し、甲事件についての仮執行免脱宣言の申立については、その必要がないものと認めこれを却下する。

よって、それぞれ主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤康 裁判官佐藤嘉彦 裁判官竹内努)

別紙物件目録〈省略〉

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